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「たまたまでしょうね」
栗真小川町でバイオリンなどの弦楽器の製作や修理を行う職人、中野雅敏さんに今の仕事に就いたきっかけを尋ねると、屈託がない答えが返ってきた。
高校のクラブ活動でチェロを始め、その後も楽団に所属して演奏活動を続けていたが、将来は音楽関係の仕事をと決めていたわけではなかった。大学で卒業後の進路を考えていたころ、偶然大阪にバイオリンの製作を教える学校があると知り、その世界に飛び込んだ。日本では製作する人も教えてくれる所も数えるほどしかなく、演奏するのとは異なる技術や能力が必要とされるため、途中でくじける人も多い。そんな状況で中野さんが天職だと思えたのは単なる偶然ではなく、運命なのかもしれない。
卒業後、中野さんは製作学校の講師もしながら、津に戻り工房を構えた。初めは自分の作りたい物だけを追求し、製作に打ち込んだ。修理や調整の仕事を手掛けるようになってからも「この方がいい音が出る」「この方が使いやすい」と自分の思いが先行していた日々もあったが、音の好みや使い勝手は人それぞれ、今は使う人の希望に合う完成を目指している。
今では客からの依頼のほとんどを占める修理や調整。1日でできるものもあれば、2、3カ月かかるものもあり、車にひかれてつぶれてしまった楽器を直したこともあった。「例えバラバラになったとしても直します」頼もしい言葉は、楽器や楽器を大切にしてくれる人への思いがあってこそだ。
工房を開いて10年余り、今年1月に工房を新しくした。「製作一本でと始めた工房も、今では修理や調整、弾き方のレッスンもしている。これからもお客さんのニーズに耳を傾けながら、いろいろ変化を楽しんでやっていきたい。この場所から音楽を好きになる人が増えれば」と語る。中野さんのバイオリン職人としての人生は、最終楽章までさまざまな音を奏でながら変化し続ける。
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