東京事務所長日記 31.1.15(東洋軒さんと天皇の料理番・秋山徳蔵さん)

 

 

 

登録日:2019年1月15日

~東京事務所長です~

年末に帰省した際、イオンモール津南の東洋軒グリルさんへ行き、名物のブラックカレーを食べました。これまでにこのブログでブラックカレーを紹介しましたので、今回はこのブラックカレーを提供している東洋軒さんの歴史とかつて働いていたすごい方を紹介します。

その方の名前は秋山徳蔵さん。天皇の料理番を務められたものすごい方です。天皇の料理番はテレビドラマにもなり、かつては堺正章さんが演じられていました。私、この頃中学生で、食べたことがないフランス料理などを見て、心を躍らせていました。数年前のドラマでは佐藤健さんが演じられています。

この秋山徳蔵さんは、東洋軒さんで三代目の総料理長を務められたそうです。

東洋軒さんの操業は、明治22年で「今福」という名で牛鍋屋として東京の三田四国町に開業されました。明治30年『東洋軒』と改名され、伊藤博文氏や歴代の閣僚の薦めもあり、西洋料理店として開業しました。

当時は東洋軒、精養軒、中央亭などが日本の洋食文化の草分けで、その中でも東洋軒は宮内省御用達として皇居内の晩餐会等出張しておりました。初代料理長は北垣栄七郎氏、二代目は小笠原平左衛門氏、三代目が秋山徳蔵氏、四代目が大平茂左衛門氏。また、日本で初めてクリームコロッケを発案し、銀座資生堂パーラーの料理長も務めた高石鍈之助氏も東洋軒出身であったとのことです。

昭和3年に川喜田百五銀行相談役と時の宮田貴族員議員の薦めにより県下初のビルディングであった百五銀行の4階に「東京東洋軒」出張所を開設され、猪俣重勝氏が昭和5年から東洋軒東京本社から津の料理長として赴任、地元の人々に洋食文化の普及に努めました。県下に西洋料理文化を普及した功績により、晩年勳六等単光旭日章を授章しました。

戦後の昭和25年、本社からのれんを戴き独立。昭和26年秋、天皇陛下関西御巡幸、三重県下御視察の際は、料理責任者としてご奉仕されました。昭和30年現在地に大正時代の建物である百五銀行伊賀上野支店を移築されています。

上の内容は東洋軒さんの歴史のところから拝借しました。

子どもの頃から食べ慣れ、親しんでいるブラックカレー。これを提供されている東洋軒さんには深い歴史があったのですね。

 

 

 

 

 

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