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折り込み紙3
令和7年2月16日発行
教委人権教育課 電話番号229-3253 ファクス229-3017
生まれ育った国を離れ、日本で暮らすことになり、看板などに書かれた文字も、聞こえてくる言葉も分からない中で生活している子どもたち。
その子どもたちが、初期日本語教室「きずな」で日本語を教えてくれる人とのつながりや温かさの中で、「自分の居場所がここにある」と感じていきます。そして、「もっと日本語を覚えたい。おうちの人に覚えた日本語を伝えたい」と鉛筆を握り、ひらがなを何度も何度も練習する姿があります。
また、子どもの頃、差別や貧困などの理由で、学校で学ぶ機会を奪われ、「今まで病院へ行っても、受け付けの人に名前を書いてもらっていた。識字教室でひらがなを勉強して、初めて自分で名前を書いた時、看護師さんがその受け付け用紙を見て、私の名前を呼んでくれた。本当に嬉しかった。もっともっと勉強したい」と話す人の姿があります。
これらの姿や言葉から学ぶことは、単に知識を身に付けるだけでなく、自分に自信を持ったり、これからの自分の未来に希望を持ったりすることにつながるということがうかがえます。今回のあけぼのでは、みえ夜間中学体験教室「まなみえ」に参加する人たちの思いや願いを紹介します。
「まなみえ」は、三重県教育委員会が、今年4月に県立夜間中学を開校するに当たり、その理解を深めることを目的に、さまざまな事情から中学校で十分に学習することができず、「学びたい」「もう一度学び直したい」と思っている人を対象に、令和3年度から実施している体験教室です。
夜間中学は、年齢や国籍などを問わず、多様な人たちが学び合う場の一つです。そこに集う人たちの、学ぶことに対する思いや願いには、一人一人さまざまな背景があります。
全ての人の教育を受ける権利が保障された社会を実現していくために「今、私にできること」を考えてみませんか。
皆さんは89万8,748人という数字が何を表すか想像できますか。これは日本国内において、小学校や中学校を卒業していない人の総数です。
令和2年の国勢調査によると、小学校を卒業していない未就学者が9万4,455人、最終学歴が小学校である人が80万4,293人もいることが明らかとなりました。この中には、戦後の混乱期で義務教育を修了できなかった高齢者だけでなく、若い世代や外国につながる人も含まれています。
こうした現状に対応すべく、国では、平成28年に「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(教育機会確保法)」が成立し、義務教育を修了していない人や十分に受けられないまま卒業した人たちの学び直しの場として、少なくとも各都道府県に1校は夜間中学が設置されるよう、さまざまな支援を行っていくこととしています。
夜間中学では、平日の夕方から夜にかけて授業が行われ、校外学習や修学旅行などの年間行事もあります。そして、全ての課程を修了すると中学校卒業となります。文部科学省によると、令和6年4月時点で、全国に53校の夜間中学が設置されており、三重県においても今年4月より県立の夜間中学である「みえ よつばがさき中学校」が津市内に開校します。
この中学校では、義務教育を修了していない人や十分に受けられなかった学齢期を過ぎた人を対象とする「夜間中学コース」と、不登校や不登校傾向にある現役中学生を対象とする「学びの多様化学校コース」があり、異なる年齢や学年の人と共に学び合い、個々に応じた授業の実現を図りながら、中学校の学習内容を学ぶことができます。
夜間中学の開校により、学びの選択肢が一つ増え、誰一人取り残されない学びを保障するための取り組みが広がっています。
今回は、「まなみえ」津会場に参加している人から、参加しようと思ったきっかけや、学ぶ中で芽生えてきた思い、よつばがさき中学校への期待などを聞かせていただきました。皆さんは参加者の話をどのように感じますか。全ての人の学びが大事にされ、誰もが「学びたい」をかなえられる社会、「学びたい」と思える社会の実現に向けて考えてみませんか。
よつばがさき中学校について詳しくは、巻頭コラムでご紹介しています。
僕は小中学校に行ったことがありません。学齢期は過ぎているけれど、義務教育を受けたいと思っていた時に、「まなみえ」のことや三重県に夜間中学ができることを聞きました。勉強することや、人と関わることは不安でしたが、「夜間中学で義務教育を受けたい」と思い、そのための練習として参加しました。
僕は、人と関わるときにはスイッチを入れて頑張っています。でも、スイッチが切れると人の顔を見ることがしんどく感じることもあります。それでも「まなみえ」に来てよかったと思えたのは、親身になって教えてくれる先生やスタッフ、それに仲間がいるからです。これまで会話するのは、年上の人ばかりで、お世話になる相手だけでした。でも、ここには年齢差があっても、同じ場所、同じステージに立って、僕と同じように学ぼうとしている仲間がいます。だから、この場にいることが「好き」と思うようになりました。
よつばがさき中学校では、新しく出会う人たちとコミュニケーションがとれるか心配な気持ちもありますが、「まなみえ」の仲間やこれから出会う人たちと過ごすのも楽しそうだと思っています。
私は、中学校に入ってすぐに不登校になり、それからの3年間はずっと学校に行っていません。その後、通信制高校に入りましたが、人との関わりもほとんどなく、勉強も分からないまま卒業しました。その後、大学に行くために受験勉強をしましたが、結局続けることはできませんでした。
高校を卒業している私だけど、学び直したいと思っていたときに、「まなみえ」のことを知り、自分が本当に行きたかったのはここだと思いました。
私は、今19歳です。成人年齢を超え、大人にならなければという焦りがありました。でも、ここでは未熟なままの自分を許してくれるのが嬉しいです。そして、スタッフの人たちの楽しそうな姿と出会い、大人になるのもそんなに悪くないかもしれないと思うようになりました。
「まなみえ」の授業で技術の時間があり、私は手先を使って物を作ることが好きだと改めて感じています。もともと学校が嫌で行かなくなった私だから、また嫌になってしまうかもと不安もあります。でも、来年度はよつばがさき中学校で学びたいと思っています。
僕は中学1年で不登校になってから30年近く、ほとんど外に出ないような生活をしていました。勉強もしていなかったし、社会との関わりもなく、外には全く居場所がありませんでした。
「このまま引きこもっていたらあかん」という思いがあり、社会や人と関わるきっかけを探していたとき、インターネットで見つけたのが「まなみえ」でした。「まなみえ」に参加することは不安だらけでした。だけど今は、他の人たちと勉強でき、家の外にも自分の居場所があることが嬉しいです。
4月から四葉ヶ咲中学校に通うことは、もう一度チャレンジを始める気持ちです。僕は毎日家を出て学校に通うことに不安はありますが、学校にちゃんと通うことを実現したいです。今は、「まなみえ」に通った2年間があるから何とか大丈夫かなと思えるようになりました。
初めはみんな緊張して顔がこわばり、話しかけても言葉は返ってきませんでした。でも、「まなみえ」で過ごすうちに、表情が和らぎ、自分から仲間に話しかけるようになってきました。前年から参加しているメンバーは、自分から後輩に関わっていきます。それに、よつばがさき中学校のPRイベントに自ら参加し、一般の人にも話しかけています。そんな姿は、1年前、2年前には想像がつかなかったものです。そういう姿を見るのが担任の私にとって何よりの楽しみです。
キラキラした目で食い入るように授業を受けるみんなの姿を見ると、私も頑張ろうという思いになります。参加者の皆さんから、「まなみえ」に関わる私たちが学ばせてもらっているのです。
これまで「まなみえ」に参加した人たちは、共に学ぶ中で、互いに声をかけ合い、仲間とのつながりを築いていったように感じます。そして、学ぶことを通し、自分がやりたいことを見つけたり、将来への展望を持ったりした参加者もいます。学びや経験を通して参加者に芽生えた「もっと学びたい」「もっとやってみたい」という思いは、「よつばがさき中学校で学びたい」という思いへとつながっています。次年度からは、よつばがさき中学校で学ぶ一人一人が、自分の願いや夢を見つけ、実現を目指して学び続けられる学校を生徒と共につくっていきたいと思います。
「まなみえ」で学ぶ参加者の表情には、学ぶことへの喜びがあふれていました。また、学ぶことに対する思いや願い、そして、その背景にあるさまざまな経験も聞かせていただき、学ぶことは楽しいこと、そして、学ぶことは自分の生き方につながると教えてもらったように思います。誰もが「学びたい」という思いをかなえられる社会は、誰もが自分らしい生き方ができる社会ではないか。そのようなことを私自身が考えさせてもらうきっかけとなりました。
初期日本語教室「きずな」は、日本語が全く分からない外国につながる子どもたちが日本語を学ぶ教室です。平成24年の開設からこれまでに440人以上の子どもたちが卒室しています。どのような人との関わりが、子どもたちの「学びたい」という思いにつながっていくのか、開設当時から「きずな」に関わり、初代教室長を務めた浦田順子さんにお話を伺いました。
「きずな」は、日本に来たばかりの子どもたちの力になりたいと参加してくださる市民ボランティアに支えられています。「きずな」に来る子どもたちは、このボランティアの皆さんと、一対一で勉強をしています。その人たちの笑顔や一生懸命な姿に触れる中で、子どもたちには、大人に守られているという安心や信頼が築かれていきます。子どもたちはそんな大人と学ぶことで、日本語を覚えていきます。
「きずな」を始めて2年目、日本語の勉強に取り組もうとしない子がいました。その子との信頼関係を築こうと関わりましたがうまくいかず、私の気持ちは伝わらないのだろうかと悩んでいました。ある日、家庭の事情で国に帰ることになったその子が、「大丈夫、また来る」と私に言いました。その言葉を聞いた時、私の気持ちは伝わっていたんだと感じました。
入室した当初、日本語の勉強を嫌がる子はたくさんいますが、それには必ず理由があります。私たちも苦労しますが、その子自身が一番苦しんでいるのではないでしょうか。なぜなら、「きずな」に来る子どもたちは家庭の事情により日本に来ています。自分の国を恋しく思っている子や、長い間離れて暮らしていたため、家族との仲がしっくりいっていない子もいます。
だからこそ、子どもたちが抱えている思いを知ろうとすることが必要です。その子の言語を理解できるわけではありませんが、自分ができるやり方で、「あなたのことを知りたい」という気持ちを伝えていくことを私は大切にしてきました。
「きずな」で子どもたちと関わることが本当に楽しかったからです。その子が変わっていく姿、成長していく姿に出会うことや、日本語を話し出す瞬間に出会えることに喜びを感じてきました。
もう一つの理由は、子どもたちの顔が安心した表情に変わっていくことです。子どもたちは「ここに来たい」「「きずな」が楽しい」という気持ちを、言葉ではなく表情で伝えてくれます。そういう表情を見ることが私にとって一番の喜びでした。
また、子どもたちからたくさんの喜びをもらう中で、自分が謙虚になったと感じます。子どもたちが日本語を「学びたい」と思えるかどうかは私次第だと気付きました。子どもたちが見せてくれる姿は、私のその子への関わりがどうだったのかを教えてくれていると思います。
浦田さんの「あなたと学ぶことが楽しい」「あなたが話してくれることが嬉しい」という思いが、安心や信頼となり、子どもたちの「学びたい」という気持ちにつながっています。学びたいという思いは、学ぶ機会を作ることだけではなく、「この人と学びたい」「この場で学びたい」と思える人とのつながりの中で生まれると感じます。誰もが「学びたい」をかなえられる社会を実現するために、私もそんな人になりたいと思います。